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2007年7月18日 (水)

本宮ひろ志の1970年代

1968年から1973年まで連載された「男一匹ガキ大将」は全共闘運動の高揚から終息までの時期にあたります。本当は主人公の万吉が全国の不良少年の親分になった時点で終了したかったようですが、その後の苦しい展開のなかに1970年代という時代の閉塞があります。万吉は大物の経営者に気に入られて巨大企業を引き継ぐが、アラブ・ゲリラが石油タンカーを攻撃して日本はエネルギーが絶たれて窮地に陥る。アメリカの外資が万吉の企業経営の譲渡と引き換えに石油を用意すると申し出るが、万吉は拒否する。日本の世論の非難を浴びながら独自にアラブから石油を買い付けて日本に運ぼうとする。やがてすべてはアメリカ外資の陰謀だったことがわかり難局を切り抜ける。その後の展開は、さらに苦渋に満ちている。外国に遊学している間に、会社と子分たちが、北海道独立の理想をかかげる若者にのっとられていた。理想の社会、北海道コミューンをつくる若者に万吉ははじめて自分より強い大志を持った人間の存在を知って、敗北を感じるが、男の意地から若者に敵対する。結果的に、若者は政府の革新官僚にあやつられていたにすぎないことがわかって、コミューンは崩壊してしまう。政治に舞台を移した後半が、アメリカ資本との敵対関係と満州国殖民地化を思わせる北海道独立であったことは、日本人の無意識のなかに第二次世界大戦の蹉跌が埋め込まれていることを物語っている。

本宮ひろ志は1974年から1976年に「大ぼら一代」で日本の政治と権力をテーマにしている。日本にファシズム的権力が大衆の圧倒的支持を受けて誕生する。かつて全国の番長を統合することに成功した彼は、平和にだらけきった日本社会を改革すべく、選挙で合法的に日本を支配する。経済的に繁栄した日本社会を外国に売り渡して、根本的に改革するファシストの登場に日本社会は壊滅的な状態に陥り、警察権力による大量粛清の嵐が吹き荒れる。ゲリラ的に対向する主人公たちは、かろうじてファシストの暗殺に成功するが、国土は荒れ果て戦争直後の焼け野原のようになっていた。このマンガがたぶんあまり話題にならなかったと思いますが、中学生の僕にはリアリティがありました。1973年に小松左京が「日本沈没」で話題をさらったのは、平和と繁栄を謳歌する日本社会に対する無意識的な破壊願望があったのではないでしょうか。オイル・ショックやドル・ショック、アメリカのベトナム敗戦の影響、ローマクラブによる石油枯渇の予想というぐあいに、日本の平和と繁栄は長く続くはずがないことを、サブカルチャーの世界は敏感に受け止めていたのです。

1977年から始まる「俺の空」の主人公は巨大コンツェルンの御曹司で、通過儀礼としての女性遍歴の旅に出る物語です。もはや日本経済の達成は疑いがなく、人間的な成長が女性体験を重ねることで成し遂げられるまでに変貌しています。巨額な資金を動かせる立場で、正義の為に無頓着にお金を使う行為を通して、消費社会での蕩尽を繰り返し、しかし、主人公にお金に対する執着はなく、権力も望まない。巨大な権力と資金を利用できる立場にありながら、無私の精神が美徳とされるところに、かろうじて消費社会のヒーローを描くことができたのです。

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