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2007年7月24日 (火)

楳図かずおの1970年代

1972年から1974年の「漂流教室」は小学校の校舎が先生と子供たちとともに荒れ果てた未来に漂流するマンガですが、「ドラえもん」が現実と別の世界をどこでもドアがつないで行き来が可能な世界であるのに比べて、「漂流教室」の未来は現在とは時間の壁があって行き来はできない。現在の物が未来では古びた物として出現するのである。不可逆的な未来をえがく「漂流教室」は、現在も未来も人間が生きる条件に変わりがないことを教える。「ドラえもん」が日常の現実に帰ってくることで、安心して見れる教育的なマンガであるとすると、「漂流教室」は残酷な不可逆的な未来を描くことで、そこにつながる現在の日常自体が恐怖であることを告げている。

1976年から1981年の「まことちゃん」は、幼稚園児の動物的な行動をアナーキーに描いている。人間は動物であるという真理は、見たくない現実である。食事をする排便をするセックスをすることが動物である人間が日々していることである。「まことちゃん」は子供であること、動物であることを肯定するマンガである。子供の世界は、暴力と破壊が占拠する。無秩序で無感覚で無方向で無意味に崩壊している。そうした世界への絶望が逆説的に子供を自由にしているのである。誰もが子供のときはそうだったが、大人になるこで忘れていく。子供であることと大人であることはまったく非対称の世界である。子供であることは未来の可能性であると「まことちゃん」は示しています。

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コメント

こんにちはです。あっついですね~。

まことちゃん 私 まことちゃんによくひっついてる

虫?みたいなキーホルダーもってましたよ~。

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