「オーラの泉」と「アウラの消滅」
ドイツの哲学者ベンヤミンは1936年「複製技術時代の芸術作品」で映画や写真などの複製技術の影響で芸術の大衆化がすすみ、芸術作品や演劇人からアウラが消滅すると論じた。アウラ(ドイツ語)=オーラ(英語)とは単純にはその人の能力をこえたなにものか(雰囲気)のことをいう一方で、消え去る現象の瞬間の美というニュアンスがある。三島由紀夫と岡本太郎について取り上げた時にアウラ体験という言葉を使ったのは、後者の意味である(6月7日参照)。
さて、美輪明宏と江原啓之が芸能人を招いてそのひとが放つオーラについて分析するのが「オーラの泉」というテレビ番組である。そもそも複製技術時代(大衆消費社会)ではアウラが消滅するというふうに論じられていたものが、テレビという複製技術のさいたるメディアのなかで、オーラが語られることに、この時代のある兆候(催眠療法=メスメリスム)を感じる。いうまでもなく、この番組でもっともオーラを発しているのはゲストの芸能人ではなく、美輪明宏である。というかこの時代にアウラを感じさせる異人は三島由紀夫の友人であった美輪をおいてない。
1960年代までの映画スターには石原裕次郎や原節子など独特なアウラを纏っていた。1970年の三島事件はアウラの最期の瞬間だった。1960年代のカウンターカルチャーを三島や寺山修司や横尾忠則とともに経験している美輪だけが消え行くアウラを感じさせる異人(ペニスを持つ母親)たりうるのである。美輪は三島が自決した同じ年に、「二・二六事件の磯部浅一の霊がついている」と本人に語ったそうである。三島事件は二・二六事件(1936年皇道派と統制派の衝突の結果、皇道派によるクーデターが発生。北一輝などが事件の首謀者として処刑される。ちなみに手塚治虫は「一輝まんだら」を1974年に発表中断している)の再現といわれているのは、過去の事件の強烈なアウラが呼び起こされたからである。
「オーラの泉」にはもうひとりスピリチュアルカウンセラー(精神療法家)を名乗る僕と同世代の江原啓之という存在がある。江原は1780年代(フランス革命前後)にフランスで流行した催眠治療家のメスメルの再来とみるとわかりやすい。身体を流れる磁気や電気現象をアウラ=オーラとして科学的かつ心霊的に解明しようとしたメスメルが、催眠の発見というフロイトにつながる科学的な面とオーラの発明?という神秘主義やオカルトにつながる面をあわせもつ存在だったのである。江原の催眠療法(暗示療法?)が興味深いのは「過去との和解」をとおして「過去を救済」するところである。1973年ころから始まった第3次宗教ブームは1995年オウム真理教事件によってひとまず終わったかにみえたが、長期にわたるデフレ不況がもたらす精神的な不安定が「過去の救済」(過去の自分を受け入れる)によって、現在の自分を救済するという超越性のない水平的な(権威主義的・威圧的ではない)催眠的・心霊的な精神療法(オウム事件によって超越性に対する警戒がうまれた)が広まったのだ。
ところで、黒沢清は1997年の映画「CURE(キュア)」でメスメル(メスマー)の影響をうけた精神分析家の青年がひとのこころを自由に操る恐怖を描いた作品を撮った。キュアとは治癒・救済を意味する英語である。この傑作映画についてはまた別の機会に取り上げてみたいが、1992年に始まったボスニア紛争(旧ユーゴスラビア内戦)の「民族浄化」に精神分析の概念が利用されたこと、オウム事件にもメスメリスムが利用されたことは注意を要する。
ユダヤ人ベンヤミンは1940年ドイツ軍に追われてスペイン脱出に失敗して、服毒自殺を遂げた。ファシズムの暴力と戦いながら、「アウラの消滅」を論じたベンヤミンが一方で、「救いは連続的な破局のなかの小さな亀裂にかかっている」と語り、唯物的かつ神秘主義的な一瞬の<過去の救済>に消え行くアウラ=オーラへの希望を見出していました。1937年から1939年までバタイユ・カイヨワ・クロソフスキー・レリス・コジェーブなど哲学者・社会学者・人類学者が参加してファシズムに対抗する「聖社会学研究所」が結成され、そこにベンヤミンと留学中の若き岡本太郎が出入りしていたことを付け加えておきます。

こんにちはです。いやいやこんばんわです。
三島由紀夫さん、自衛隊で自殺したときの週刊誌、
母が、買いに行こうと書店へいったら売り切れですごい
売れ行きだったみたいです。
美容院にいって見せてもらったそうです。
投稿: ちょこちゃん | 2007年6月11日 (月) 21時25分